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裏20話 墓前の父~ホーエンハイムの面影 [鋼FA感想]

原作の魅力の一つとして、複雑に張られた伏線を辿ったり、一つ一つのエピソードに込められた意味などを深く読み込んでいく面白さがあります。だけど、そんなに真剣に深く読まなくてもエンターテイメントとして充分楽しめるところもまた魅力です。

原作読んでるとつい色々寄り道しちゃって本筋から離れた処にすっごく思い入れ込めちゃったり、アレコレつなげてみたり、また本筋に戻って枝葉を寄せてみたりしませんか?私だけ?それはそれで楽しいんですけど、時々自分自身が迷走していたりします。原作があえて説明的なト書きを省いているせいもあります。(いつ、どこで、という説明はほとんどありませんから)

私が色々と文句を言いながらも(最近は抑え気味ですが)鋼FAを支持しているのは、ばっさり切り取った枝葉のおかげで物語がすごく分かりやすくなっているところなんじゃないかと、思っています。で、アニメのオフィシャルガイドブックで監督のインタビュー読んで確信しました。やっぱりそう作ってるんですね。

その切り取った枝葉の部分が、各キャラクターの深みだとか面白みだとか捨てたくないもっと味わいたい部分だったり、各自の思い入れの強いシーンだったり、後につながる細やかなエピソードだったりすることが原作ファンの気持を逆なでしちゃうんだと思います(笑)

でも取っ払った枝葉のおかげでハッキリ見えてくるものもあると思うんですよ。そこに原作で枝葉を補完するってのも楽しみの一つじゃないかと思います。

原作準拠とかいってもやっぱりアニメは別モノだしな~といって割りきって見るもよし、なんでここが!アレが!無いんだ!といって文句言うもよし。それも原作愛の一つだと・・・。

で、ホーエンハイムなんですけど・・・。
関連表記事はこちらです。<20話 墓前の父>

BGMがどうたらいってる場合じゃなかったですね(笑)ホーエンハイムが賛否両論。いや、賛成者っているのか?(あまり他読んでないので分かりませんが)

私の中の鋼三大要素が「エドウィン」「筋肉」「親父」で、ベストキャラが暫定エド、グリード、ホーエンハイムなものですから・・・ホーエンハイムには言いたい事がいっぱいあります。

何の考えもなしに単なる尺の問題でおちゃめシーン全カットだとしたら暴れますが(笑)
何を捨てて何を残すか吟味した結果として、もしかしてひょっとしてホーエンハイムをどシリアスキャラとして設定してそれでこれから突っ走ってくれるというなら・・・・それはそれで面白いじゃないか!どうするんだ?鋼FA!というのが今のところの私の考えです。
(何か確率としてはすっごく低いような気がします・・・笑)
あと今のところホーエンハイムは、エド主観で描かれているということでああいう父親像になっているとか、このあと23号エピソードやアル主観でどう変わるだろうかとか、まだまだ何とも言えない部分でもあります。

それよりも私は「逃げたな、エドワード」の方が重要度高いです。ここ、原作読んだ時からずっと私の中の引っかかりでした。「逃げたな」と言われて私もエドと同じように動揺しましたから。

家を焼いたのは覚悟なのか、逃げなのか?
覚悟を決めるため無くしてしまわなければいけなかったということは、つまり起こった事をすべて受け入れるのは辛すぎたんだろうと思います。

人体練成の事実がなければ、トリシャの思い出は時間とともに甘く優しいものとなって兄弟の中に永遠に残っていたんだろうと思います。でも禁忌を犯してしまったことで母の思い出はそれ自体が忌まわしいものとなってしまいました。母を思い出すたびにアレも思い出す事になります。それはまだ幼い二人にとって辛い事です。だから覚悟を決めるために母の思い出も詰まっているあの家を焼いて、そこから逃げる事も必要だった・・・。と、無い頭で一生懸命考えました、私。

そうして多くのものを失ったエドとアルに、同情する人はいても叱れる人はいないんです。家族同様のピナコばっちゃんですら叱れない。(唯一、身内でもないのにガツンと言い放ったミラお姉さまを私は尊敬します)
だから「何で誰もあいつらを叱ってやらなかったんだ」「あんた親だろ、叱ってあげなよ」「どうやって叱っていいのかわからん」というエピソードは私にとっては重要でした。
「わからん」とかいいつつ、「逃げたな」とエドに言い放ち、そのうえわざとヒントを与えて多くを語らず行ってしまうホーエンハイムの奥ゆかしい(違)親心に萌え・・・。

っつか、ここで昔のピナコばっちゃんに突っ込む人はいないのか?(笑)リゼンブールの女豹エピ無くなったからなあ~。あれがばっちゃんだと気がついてもらえて無い??

色々無くなったものもありますがここは残ったものが重要なんだと思います。よくよく吟味して残してくれたと。
「逃げたな」→「トリシャは本物か?」→「逃げないで前に進む」→「新たな事実の発見」という流れは枝葉を落としてすっきり繋げ、ホーエンハイムの親としての愛情がありながら何らかの事情がそれを抑えているような描写もちゃんとあり、昔と変わらないことも言及あり・・・・ギリギリですがなんとかなってます。

アレの墓も・・・何もないところを掘り起こし、最後に墓石のようなものを立てていました。ばっちゃんのセリフはなかったけど、以前スライサーの時にも同じような事を言っていたしエドが人間をどの辺まで捉えているのかはわかると思います。残念なことにスポンサーの広告が墓にかぶさって良く見えていませんでしたけど・・・(涙)

後半のエドアル決意の階段シーンは、表で言ったのでもう言うことないです。言えない事もないですがこれ以上長くしても何ですし・・・(笑)

2009.8.19.


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